奏でるひとびと。まちという音楽。 – シズオカオーケストラ –

奏でるひとびと。まちという音楽。

妄想まちあるき vol.8


駿府九十六ヶ町を愛する石川たか子さんと共に、町名の由来を学んだり400年前の情景を妄想しながら、その町のカフェでひと休み。そんなゆるめのお散歩「妄想まちあるき」を、シズオカオーケストラの井上がレポートします。

これまでの様子はこちら!
妄想まちあるきvol.1
妄想まちあるきvol.2
妄想まちあるきvol.3
妄想まちあるきvol.4
妄想まちあるきvol.5
妄想まちあるきvol.6
妄想まちあるきvol.7

シリーズ最終回となる第8回目のコースは、こんな感じ!

ナビゲーターは石川たか子さん。主旨に賛同して集まってくださった8名のメンバーと共に妄想まちあるきが始まります。


スタート地点はJR東静岡駅前。実はここ、古代東海道の遺跡だということをご存じですか?なんと最終回にして、”400年”どころか”1400年”のスケールに・・・!東静岡駅に隣接する施設・グランシップを作る工事中、現在の東海道線本線・新幹線の線路と並行にまっすぐ通る古代の東海道が発掘されたのです。


古代の道というと、いわゆる獣道のような狭い道を想像しますが、実際は12mを越す堂々とした道。両脇に水はけを良くするための側溝もあり、とても近代的なつくりだったようです。そんな1400年前からある道を踏みしめて、いざ出発した一行。




線路沿いを西へ進みながら、石川さんのナビゲーションを頼りに1400年前の東海道を妄想しながら歩いていると、現代の東海道新幹線がほぼ同じルートを通過していくというロマン!西から歩けば、富士山が目の前に見える絶景。”選ばれた道”ということばが脳裏に浮かびます。そもそも”東海道”という名称自体も残っていることがすごいですよね。

目指すのは、同じく古代の東海道において「横田」という駅(馬家)だった頃からその名が残る、横田町。駿府九十六ヶ町の東端に位置する町です。徳川や今川の時代を、さらに遡った1400年も前から続く町名。まさに古代と現代が混じり合っている最もインパクトのある町だと、石川さん。

ちなみに古代「横田駅」の東にあったのは「息津(おきつ)駅」「蒲原駅」など。そして西は「小川駅」と、現代でもちゃんと名前が残っているんですね。(駅数は古代から多めの静岡・・・)


駿府・府中宿に入る手前にある「黄金橋」へ到着。この辺り、今は住宅街に大通りが通っている様子ですが、400年前はきっとのどかな農村地帯だっただろうと妄想。

と、ここで立派な石碑を発見!

せっかくなので記念撮影しておきます。


途中東海道を逸れ、立ち寄ったのは軍神社。日本武尊の伝説が残る神社ということで、もはや1400年どころの話ではなくなってきました・・。



境内ではしめ縄を作っている真っ最中。そして傍らには立派なクスノキが!作業中にお話を聞かせてくださった地域の方々いわく、この神社は毎年フクロウが子どもを生む(!)ことで有名だそうです。今度はフクロウを見に来たい・・・とざわつく一行。


そのまま、軍神社の奥に位置する法蔵寺へ立ち寄ります。江戸時代、大名が必ず立ち寄ったという由緒ある大きなお寺で、ご住職が旗本だったことから徳川家との縁が深いそうです。(石川さんのご先祖様とご縁のあった旗本・小花和家のお墓もあります。)



ということで私たち、気分は参勤交代の大名。お参りしながら、無事に帰れますように!早く帰れますように!なんて願ったのかもしれないな・・・と妄想しつつ、改めていたる所に徳川の痕跡が残っている町だということを感じたのでした。


豊月堂のあんパンを買いたい気持ちをおさえつつ、線路を南へ!


国道一号線沿いにはしずてつジャストラインの「下横田」というバス停があります。下横田という町名自体は既に消失しているのですが、バス停の名前として残っていることに石川さんも大変喜んでおられました。

ちなみに下横田という町名は江戸時代になってからのもの。古代から続く横田が大きくなったため、上横田と下横田に分かれたそうです。(たしかに2つの町を合わせると居住数は合計400人近いマンモス町!隣の猿屋町は約50名なので、その大きさが桁違いなことがわかりますよね。)


と、ここで東見付の碑を発見!ついに私たちも府中宿に入ります!

人通りは少ないものの車の交通量が本当に多い・・・。さすが旧東海道だねと話しながら歩いていると、ついに今日初めての町名碑を発見しました!

下横田町

駿府九十六ヶ町の中では、住んでいた人や職業が由来ではない町名。農村。

★横一列で仲良し横田ポーズ!

さらに東海道を進みます。

一行、手元の「東海道分間延絵図」に夢中になっていて、猿屋町の町名碑を見逃しそうになりました。ちょうど来年の干支!そして本企画ラストの町名碑記念撮影ということもあり、気合いが入ります。

猿屋町

神事「猿舞」の猿ひきが住んでいたことに由来。

★渾身の猿ポーズ!

さらに進むと、商売の神様が祀られている西宮神社(おいべっさんと呼ばれ親しまれています)に到着。この辺りは駿府九十六ヶ町の院内町にあたり、昔から院内師(祈祷師)が住んでいたエリア。縁起物のだるまを作るお店が数軒あるのも関係あるのでは・・・?と妄想。石川さんもお父様に連れられて、神社のお祭り(えびす講)に来た記憶があるそうです。

院内町

今川時代から院内師(祈祷師)が住んでいたことに由来。



おまけに・・・スンピー(知っている世代は限られますが、駿府博のキャラクターです)発見!!


ここで、前回歩いた鋳物師町にぶつかりゴール!400年前の旅人と同じように、賑やかな「伝馬町」にたどり着いた安堵感と達成感に包まれた一行でした。

参加メンバーの皆さんに感想をお聞きしました!

「普段なら自転車で通り過ぎてしまうところを歩くのは、発見が多くて本当に楽しかった!」

「いつも歩いているとはいえ、まだまだ知らないこともあった。たまには寄り道してみるものだなと思いました。」

「400年前という過去と現在がつながっていることを実感した。そしてこれからは、未来に何を残していけるのかを考えていきたいと思いました。」

「初めて参加させてもらいました。ウォークラリーを長年やってますが、それとはまた少し違い、細かなところまで説明を受けながらの良いまちあるきができました。ありがとうございました。」


「楽しい歩き方ができた。ぱっと通り過ぎてしまいがちなものに気づけてよかった。ふくろうが来るという軍神社が興味深かった。」

「今日歩いたところはあまり馴染みのない場所だったけど、楽しくてあっという間だった。古代の東海道が面白かった!」

「全8回のうち、7回に参加しました。通しで行った方が楽しいだろうと思って来たわけですが、今日で一通り終えて、やはり静岡のまちに対してこれまでと違った見方ができるようになったと思います。自分でも調べたいことも出てきたので、これからも学び続けていきたいと思います。」

「みんなで歩くことで、いろんな視点でまちを見ることができたように思うし、それを共有できて良かった。また今日歩いた古代東海道~曲金の辺りのスケールの大きさと、駿府九十六ヶ町のコンパクトさの対比が面白かった。」

最後に石川さんから一言いただきました!

「私は歴史学者でもないし、専門的な知識があるわけではないのですが、”妄想”という言葉と皆さんの豊かな”妄想力”に助けられ、本当に楽しいまちあるきになりました。何かの形でこれからも繋げていただき、素晴らしい静岡の文化である駿府九十六ヶ町を次世代に伝えていってほしいです!」

全8回にわたり駿府九十六ヶ町を歩いた、妄想まちあるき。400年前からこのまちに暮らす人々が大切に守ってきた「町名」は、いわばシビックプライドのリレーです。受け継がれてきたバトンを預かった私たちが、今度は次の世代に引き継いでいく番なのだということを、強く感じる機会となりました。ナビゲーターの石川さん、妄想力豊かな参加者の皆さん、本当にありがとうございました!


Writer : izumiizumi

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過去の記事

photo:駿府九十六ヶ町・400年後の妄想まちあるき 2017 × ななげい(七間町大学藝術学部)
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